有限会社徳久商店│佐賀県西松浦郡有田町│野菜、果物、鮮魚販売

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有限会社 徳久商店
〒844-0018
佐賀県西松浦郡有田町本町丙972-5
TEL.0955-42-2061
FAX.0955-42-2154
小売業
003160
 
 

年表

年表
  ■1951年12月 徳久龍馬が前田半兵衛商店の倉庫を借り受け徳久商店を開業する。
  ■1962年 4月 現在の場所に移る。
  ■1964年 6月 会社(法人)として有限会社徳久商店に変更。初代社長に徳久龍馬が就任。
  ■1993年 1月 高齢ということで、徳久龍馬が会長職に次男で店で仕事をしていた徳久孝則を2代目代表に就任。
  ■2005年 3月 初代社長の徳久龍馬が病気で92歳の生涯をとじた。変わって初代社長の妻徳久房子が会長職に就任。
  ■2012年 6月 2代目社長徳久孝則が病気の為引退したいとの意向を汲み取り初代社長の3男浩三郎が社長に就任。
 

開業

開業
 
開業
戦後、中国からの引上げ船に乗り激動の中、生まれたばかりの長男を抱いて有田に戻るも職もなく思い切って福岡に出て炭鉱で働く。炭鉱では危険な落盤に、幾度も遭い命の危険性が無い有田に戻り、養父で酒屋を営んでいた、前田半兵衛さんに倉庫を借り受け徳久商店を開業した。
 
はじめは、長崎県佐世保市で、くじや駄菓子を仕入れて子供相手に商売していたのだが、知り合いに勧められ有田青果市場で野菜を仕入れて、青果を扱うようになる。その時代まだこんな田舎では珍しいバナナやバターなどの高級品も扱い、昔から窯業の町として財をなした商人さんや窯元の奥様方に、またそこで働く奥様方たちに可愛いがって頂き今の徳久商店の基盤が出来上がった。
 

初代社長 徳久龍馬

初代社長 徳久龍馬
 
初代社長 徳久龍馬
初代は生真面目で人が良く困った人ををほっとけないせいもあって時々騙されることも有った様だが、初代社長の口癖は 「騙すより騙されたほうがよか。もしその人が本当に困っていたらいかん。」と言っていたようだ。人を信じて困った人には手をさしだした生き様は亡くなって10年経った今でもお客様より優しい人だったと言って頂きここにまだ生きずいている。
 
別の面から見てみれば、新しい物にも果敢に挑戦して有田でその当時は珍しかった室内型冷蔵庫などをいち早く取り入れ新鮮な野菜をお客様にお届けすることには、努力を惜しまなかった。
 
そんな初代の意志を継いで、2代目社長に徳久孝則が就任した。
 

2代目社長 徳久孝則

2代目社長 徳久孝則
 
2代目社長 徳久孝則
時代だったのか、幼い頃より店の手伝いをするのが当然といったことも有り販売に興味を持ち、大人になると、大阪で品物の流通と販売を学び文字通り後継者として、有田に戻ってからは父である初代社長のもと徳久商店を守る為今まで手がけなかった病院や保育園などの給食関係の仕事を取り基礎固めをした。 父譲りの子供好きで温厚な性格はお客様に連れられてみえた子供たちを幾人も抱いている姿が頻繁に見られた。
 
だんだん忙しくなり手が足りなくなったことも有り、大学卒業後青果店に身を寄せていた三男で現社長の浩三郎に店で働かないかと誘い、兄の下で一から教えてもらいながら今では青果市場でも押しも押されもしない仲買に成長。
 
そんな中、兄である2代目社長が病気になり、一命はとりとめたのだが、これからの人生をゆっくり過ごしたいとの意向もあり浩三郎が3代目社長に就任した。
 

3代目社長 徳久浩三郎 創業50年 リニューアルオープン

3代目社長 徳久浩三郎 創業50年 リニューアルオープン
 
母で会長の房子に相談しながら初代社長が建設した徳久商店を解体し、創業50年目に当たる平成25年12月に益々地域に寄り添う店としてリニューアルオープンを迎える事ができました。
 
父である初代社長の龍馬、2代目の孝則そして3代目で現社長の浩三郎と3人の社長を陰で支え、今も尚支え尽くしている会長の房子、その徳久商店の歴史を刻むにあたり物が無かった時代に建てたせいもあって看板が無かったことも有り、旧店舗を解体した時のはりを利用して現在の看板に生まれ変わり、これからの行く末を見守ってくれると思っている次第です。
<<有限会社 徳久商店>> 〒844-0018 佐賀県西松浦郡有田町本町丙972-5 TEL:0955-42-2061 FAX:0955-42-2154